アメ車☆旧車ライフ☆カトラス

アメ車旧車を中心に、クルマにまつわる話を綴ります。

クルマの履歴書、詳細登録事項等証明書。カトラス40年間の経歴を調べてみる。

 自分のクルマが中古車で、以前からナンバー付きで日本で登録されていたのであれば、その履歴を確認できる事はご存知ですよね?

当方のカトラスが、過去40年間どんな歩みをしていたのか詳細登録証明をとってみた話です。

70_cutlass

 旧車オーナーの皆さんは既に御存じで自身の車の詳細登録事項等証明書をチェック済の人も多いと思いますが、規定の要件が揃えられれば自分の車の経歴を調べる事が出来ます。

カトラスは新車で日本に嫁いでから40年間どんな人世(車生?)を歩んだのでしょうか?

 

  • 登録事項等証明書 詳細登録事項等証明書とは?

警察はクルマのナンバーから、パトカー車載の端末で瞬時にクルマの個人情報を取得出来ますが、他の人には不可能です。

 

なので普通の人がクルマの個人情報を得るには運輸支局又は自動車検査登録事務所の窓口へ出向いて、所定の交付請求書に必要事項を記入して、代金を支払って交付を受ける必要があります。

 

クルマのナンバー(自動車登録番号)と車台番号が判れば、請求の事由が明確で自分の身分が証明出来れば登録事項等証明書の交付を受ける事が可能な筈です。

 

自分の敷地に無断で放置・廃棄されたクルマ等でナンバーか車台番号しか判らない場合の情報を得るには、別の書類を提出する必要があるようですが、今回は割愛します。

 

この辺を読んで下さい。

登録事項等証明書交付請求

https://wwwtb.mlit.go.jp/kanto/jidou_gian/touroku/car_regist_shoumei.htm

  • 果たしたカトラスの経歴は?

丁度10年前の2010年2月、当時普段仕事で平日は朝から夜まで拘束されていたので、銀行や郵便局へすら満足に行けませんでしたが偶々休める日が有り、滅多に動けない平日の日中を利用して陸運支局へ行き、以前から気になっていたカトラスの詳細登録証明をとってみました。

 

当方のカトラス、東京を拠点にオールズモビルとオペルを扱っていた正規ディーラーの東邦モーターズではなく大阪拠点だった協和自動車のプレートがEGルームにあるので、ずっと大阪から流れてきたモノだと思っていました。

70_cutlass

購入時、店で担当した人が「成城のガソリンスタンドの親父からゴニョゴニョ…(濁)」と言っていたので店に入荷する前は永いこと東京のコレクターの元にあった事は推測出来ました。


カトラスを自家塗装した際に気付きましたが、恐らくこのコレクターがオーナーの時代に一度プロの手によってボディを全面的に仕上げたと思われます。
但し当方が入手した時点では、完全に褪せて痛んだ状態でした。

70_cutlass

新車から40年も経過しているので、記録が何枚にも渡ってしまう(基本料金1000円で追加1枚につき300円)事を覚悟していましたが、結局1枚追加(+300円)のみで済みました。

70_cutlass

意外にも当初は大阪ではなく名古屋でした!1972年8月迄名古屋3そ4X-XX

 

初年度登録1970年なので、てっきり最初から○○3ではなくて○○33ナンバーだったのかと思い込んでいましたが、(1970年からコンピュータ導入で○○33ナンバーの2ケタ化)
改めて調べてみたら、全国一斉ではなく各事務所で順次切り替えだったようなので、ギリギリ名古屋3の1桁(シングルナンバー)でした!(名古屋33は1970年9月~)

 

 

出典画像のクラウン・エイト昭和42年(1967)最終型で”そ24・・”
1967年から1970年まで「そ」から進んでいない点から、当時如何に白色3ナンバーが少なかったかを物語ります。

crown8

画像出典いつかはクラウン : TOKYO CAR WATCHING 東京カーウォッチング

 


名古屋時代に何代乗り継がれたのかは不明ですが(コンピュータ化以前の為データ無し)判る範囲で当方6人目(中古車店を除くと実質5人?)でした。

 

1972年(昭和47年)に東京に来て14年も所有され、

次オーナーが更に11年所有(コレクターか?)H9年(1997年)に抹消

→品川88(多分購入したショップ)

→川崎88 せ・・9×(当方の前オーナー=若い兄ちゃんで、あまりにボロ過ぎて嫌になり、米車とトラックと交換したとの事です。)
で、H12年(2000年)当方の元に来て今年で20年!

 

短期間に何代ものオーナー間を転々とせず、一人各10年以上保有するオーナーの元を渡り歩いた為に日本に来て50年間も生き永らえたと判りました。

 

このネタを2010年当時、SNSに記した処SNSの友人よりレスポンスが有り、ディーラーの協和自動車、大阪西淀川の本社のほかに名古屋と福岡に支店があったとの事ので、名古屋3 そ4X-XXが、最初のナンバーでほぼ確定と判明しました。

70_cutlass

更に1970年3月末現在、愛知県登録のオールズモビルが全部で39台(昭和46年版)
オールヅモビル カトラススプリム セダンの販売価格は420万円(昭和45年版)と
『自動車年鑑』で調べて貰いました。

 

1970年当時の420万円は、現在の3500万円位に相当?(当時240万円程度のセンチュリーが、現在2000万円弱なので、それ以上でしょうか?)

しかも自動車税が、3ナンバーになっただけで一気に跳ね上がった時代なので、余程の金持ちでなければ所有出来なかったと思われます。


本国では直6積んでくるくる窓のマークⅡクラスの中級車です、420万円相応にさせる為、本国ではまず見ない350V8・AT・PS・PB・AC・PW・クルコン付きのフルオプション仕様w

 

当方のカトラスの車台番号は00XX*(XXは2桁台前半、*部分はアルファベット)なので、やはり50台/年にも満たない販売台数だった様子です。