アメ車☆旧車ライフ☆カトラス

アメ車旧車を中心に、クルマにまつわる話を綴ります。

【旧車】東京の旧いナンバープレートが忘れられていて衝撃的だった【シングルナンバー】

先日Twitterで東京の旧いシングルナンバーの話題がツイートされていました。

 

このツイートへのリプで、想像以上に東京の旧いシングルナンバーが忘れ去られていてかなり衝撃を受けました。

 

 なので今回は、シングルナンバーと呼ばれる旧いナンバープレートについて解説していきたいと思います。
是非この機会に、旧いナンバープレートについて知って下さい。

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  • 地名表示のないナンバープレート

 今回のきっかけとなったツイートです。

画像の通りナンバープレートの上段、品川や多摩の地名表示がなく、いきなり2000cc未満の乗用車を示す分類番号の「5」のみの表記となっています。

 (※ツイートでナンバープレートが無加工だった為にこちらも無加工とさせて頂きました。)

実はコレ、東京の旧いナンバープレートなのです。

 

 

東京のナンバープレートは1961~2年頃(昭和36~7年)まで、他府県のように地名表示がなく分類番号しか表記されていませんでした。

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この地名表示がなく分類番号だけのナンバープレート、当時の映画を観れば頻繁に写り、意外と残存数も多いので旧車イベントでも見掛ける為、もっと認知されている物かと思っていました。

 

しかしリプ欄を見ると初めて見たという人がかなり多くて驚きました。

 

リンクしたツイートは、分類番号だけのナンバープレートの存在を知らない警官に、見た事のないナンバープレートを不審と思われて職務質問され、警官が照会センターにナンバープレートの照会を試みたものの、地名表示がないので照会センターが情報入力出来ず、職務質問した勤務員と照会センターの間で

  • センター:地名の記載は?
  • 勤務員:地名の記載がありません

 のやりとりが暫く続いたという話。

 

旧車に乗っていると、このようにその警官が知らない様式のナンバープレートの件や、

シートベルトがない事を咎められたりする事もあります。

 

当然どちらも拘束されている間に散々先方があちこちに問い合わせて、問題がない事をその警官がその時点で初めて学び、無罪放免となりますがww

 

※1969年3月31日以前の生産車でシートベルトのない車両はシートベルト装着不要。

もちろん車検も通ります。

  • ナンバープレートの歴史

そもそも今のナンバープレートのように、上下二段で

  • 上段 地名表記+分類番号
  • 下段 かな文字+車両番号

となったのは、1955年からです。

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それ以前の話もしたいのですが、長くなるので今回は割愛します。

 

この時にそれまで付けられていた旧タイプのナンバープレートは、車検の更新と同時に強制的に交換されたみたいで、1957~58年頃までに旧タイプから新タイプに全車移行しています。

 

ちなみに旧タイプのナンバープレートは1951年からで、自衛隊の車両のような横長で文字は一行の物でした。

これは、今のナンバープレートの制度である道路運送車両法の施行によるものです。

横長の時代は、駐留軍人軍属の私有車両等にアルファベットが付く以外は、かな文字は付きませんでした。

下のリンクの画像は名古屋のタクシーなので、愛5、かな文字はなく燈色地に黒文字のナンバープレートです。

この頃はまだ北海道以外は1道府県に1陸運局しかなかった模様で、東京以外は県の頭文字を地名表記にしていたようです。

 

北海道は各事務所の頭文字(札・帯・函・釧など)だった様子です。

 

地名表記が県の頭文字という法則は、旧タイプの長細いナンバープレートの頃からです。

 

なので当時は5ナンバーを例にすると、横浜・相模ナンバー等の神奈川全域で神5、神戸ナンバー等の兵庫で兵5、名古屋ナンバー等の愛知全域で、愛5でした。

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福島と福岡、福井、山梨と山口や山形、長野と長崎等のように県名の頭文字が重複する県は、

  • 福島5・福5・福井5 
  • 山梨5・山5・山形5
  • 長5・長崎5
  • 宮5(宮城)・宮崎5
  • 大分5・大5(大阪)
  • 愛5(愛知)・愛媛5

だったと思われます。

 

この時点で、東京を東5にせず地名表記なしの5にしたので、後年コレを知らない人が混乱してしまったようです。

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東京は他県と比べて桁違いにクルマの台数が多く、鮫洲の品川陸自だけでは対応しきれなくなり、品川以外に足立・練馬・多摩の支局を増やしましたが1県1地名表記の法則で、品川でも足立でも練馬でも多摩でも、地名表記のない「5」で済ませていたようです。

 

なのでツイートの観音開きクラウンは地名表記なしの5ですが、品川管轄ではなく現在の多摩ナンバーエリアの車両との事です。

 

そして1961年頃に、東京も北海道のように

  •  品5・足5・練5・多5

 と表記されるようになりました。

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その翌年の1962年、ナンバープレートのマイナーチェンジがありました。

それまで車両番号が、

さ1234だったのが、

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 さ12-34とハイフンが入るようになり、

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た0001だったのが、

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 た・・・1

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 に変更されています。

 

もう一点、今は緑色の営業ナンバーは、1951年以前から長い事燈色(今の軽の黄ナンバーよりややオレンジっぽい色)でしたが、 このタイミングで、今の緑地に白文字に変更されました。

 

リンクのツイート画像はモノクロですが、少なくとも緑色ではないと判ると思います。

”あ67-25”でなくハイフンなしの”あ6725”にも注目です。

 

ナンバープレートが昭和30年以降のタイプで、バスは昭和28年頃のミンセイ(現UDトラックス)のバスなので、昭和28年の旧塗装の西武バスを昭和30年以降に撮影したものと思われます。

こちらの ミンセイ(現UDトラックス)の西武バスはグリルが後期型の笹カラー、燈色の営業ナンバーです。

 

このマイナーチェンジの前後で、俗に旧書体・新書体等と呼ばれています。

 

更に1964年には、静5、富5など地名表記が道府県の頭文字一文字だったものが一部を除き県名フル表記となり、既に複数の支局があった地域は、横浜5/相模5、神戸5/姫路5のように地名表記が県名から支局名になった模様です。

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  • 管轄の違う軽自動車

普通のクルマの ナンバープレートの正式名称が自動車登録番号標なのに対して、軽自動車は車両番号標との事です。

 

軽自動車は管轄が都道府県でなく、市町村なので変遷や様式が若干異なります。

 

詳細は割愛しますが、軽規格が360ccから550ccに変わる1975年頃までは、例えば軽の5ナンバー相当の乗用車だと、

  •  上段 8多摩す
  •  下段 82-64

 といった白い小板という小さいナンバープレートでした。

 

軽自動車は分類番号が乗用が5でなく8、商用が4でなく6で、地名表記の前に分類番号です

 今は、記念プレートの例外を除けば黄色いナンバープレートの軽自動車ですが、小板のナンバープレートも、条件が合致する車両であれば事前に申請して発行されます。

 

こちらは2006年から始まった富士山ナンバーですが、小板の小さいナンバープレートが付いています。

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  • 減るだけで増えない旧いナンバープレート

 最初の方で、1955年から車検のタイミングで1958年頃までに、古い横長のナンバープレートから今の文字が上下二段のナンバープレートに強制的に交換されたと述べました。

 

それ以降は、例えば新しく発行されるナンバーが旧書体から新書体に変更されたからと言って、最初に装着されたナンバープレートが、次の車検時に強制的に新書体に更新されるという事はありませんでした。

 

なので、1961年に東京多摩地区で新車で登録されたクラウンは、新車時に当時の規定の地名表記なしの5のナンバープレートが交付されて、それ以降廃車にならず、休眠させたとしても自動車税対策でナンバープレートを返納したりしないで多摩ナンバー地区以外に異動させない限り、ずっと新車時に交付されたナンバープレートが装着されたままとなります。

 

次オーナーが他地域であれば名義変更で新しいナンバープレートに変わります。

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ナンバープレートが付いたままだと、車検が切れて乗らなくても毎年自動車税の請求が来ます。(※一定の期間)

 

といった感じで、当時物のナンバープレートが着いて現役でイベントに参加しているクルマは、オーナーが何代か交代していたとしても、ありとあらゆる苦労や努力と創意工夫によって車両のみならず、旧いナンバープレートも含めて維持され続けている事になります。

 

これは多摩5、横浜5などのシングルナンバーと呼ばれている物もそうですし、川崎57や茨56などの二桁ナンバーも同じことです。

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ナンバープレートは一度変更したり抹消してしまうと、二度と以前のナンバープレートは発行されません。

そのため減る事はあっても増える事はありません。

 

と言う訳で、旧車本体に加えて当時物のナンバープレートまで維持するとなると、かなりのハードルです。

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当時物ナンバープレート付きの旧車を見たら凄い!と思ってくださいw

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またイベント会場で展示車に対して、旧車なのに三ケタナンバーが付いていて興覚め等といった発言は、旧車の維持管理に苦心している旧車オーナーに対して失礼です。

どうしても発言したいのなら、自分でシングルナンバーの旧車を所有・維持管理してから言って下さいw

 

 愛車と同じナンバー等、好きなナンバーのキーホルダーを注文出来るそうです。

さすがに旧書体のハイフンなしは無理かと思いますがw


特許ナンバープレートキーホルダー (白ナンバー / キーホルダー)
 

 

1/43のホンダT360ですが、このシリーズはヨコハマタイヤのマーキングなどは、かなりリサーチした上で再現している筈なので、ナンバープレートも忠実に再現されていると思います。


懐かしの商用車コレクション(2) 2020年 9/23 号 [雑誌]

 

少年時代から、街中で見かけた在日米軍の私用車のアメ車をメインに、コツコツと撮り貯めたモノクロ写真集の1冊です。

横長の3Aナンバーから、地名無しでかな文字がアルファベットのナンバーまで、当時のリアルな風景が切り取られています。


東京外車ワールド―1950~1960年代ファインダー越しに見たアメリカの夢 (CG BOOKS)

 

同じシリーズの横浜・横須賀編です。1970年代初頭から中盤の横浜・横須賀で撮影された在日米軍の私用車のアメ車がメインのモノクロです。

確か、米兵が帰還時に日本のナンバーが付いたまま持ち帰る、アメ車以外の日本車などの車両も含む様々なクルマが留置していたヤードで大量の車種の画像が掲載されていたと記憶しています。

風景的には、完全に変貌してしまった、アメリカそのものといった本牧エリアの光景が記録されていて貴重です。


1970年代横浜・横須賀外車ストリート (CG books)

 

上記2冊が出版される元となった自費出版版です。

当時日野市在住で、少年時代自転車で隣市の米軍立川飛行場まで通って、アメ車を撮り貯めていたようです。

こちらは、ごく少部数のみ自費出版された本の中古なので、それなりに値は張ります。


戦後の立川・カーウォッチング―昭和30年代アメリカ兵の車を追いかけた10年

 

同様にこまめに路上のクルマを撮影されていた人のモノクロ写真集です。

日本車・珍車をまとめてあるので国産旧車に興味がある人向けです。


60年代街角で見たクルマたち 日本車・珍車編―浅井貞彦写真集

 

上記のアメ車集です。


浅井貞彦写真集 60年代街角で見たクルマたち アメリカ車編

 

確か読み物で画像は少なかったと思います。

こちらは「続」なので、一作目を探しても良いかも知れません。

一作目か「続」か忘れましたが、まだ横長だった頃のナンバープレートにまつわるエピソードも、いくつか記載されていたと思います。


続・進駐軍時代と車たち (四六流戦後自動車史)
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